2003年12月31日:伝説のすっちー
そうと知らずに買ったのだけど、サイン入り。やったー(嬉)。
この本を持って、19:30発のJAL347便(HND‐KIX)に搭乗。
面白すぎて、機内で笑いをこらえるのに一苦労(笑)
通りかかったCAさんが、何やら自分を見てニコニコされてる。
ば、ばれた(笑)? それとも自意識過剰?、なんて思っていると
飲み物サービスの後、あるCAさんが
『あの、お客様、もしかしてこちらの本、伝説のスッチーのシリーズですか?』
と、尋ねられ、自分は、なるべくすまして、
『ええ、有名なのですね』なんて、落ち着いて答えるけど、内心、
『キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!』 って、思ってる(笑)
わずかな時間だけど、盛り上がりましたよー(笑)。
ANAのIさまって、他社にも知れ渡ってらっしゃるのですね。
すっごく楽しかったですよ。
元ねたを教えて下さった方と本の紹介をして下さったANAのCAさんに大感謝。
ところで、フライトは、到着が10分以上遅れた。
強い西風の影響で、ってことだったけど、多分、単純に向かい風だからって言うより、西風が強くてRunway06が使えなくてRunway24になったため、ぐるっと、外側を360度近く回ってこなくちゃいけなかったからだと思う。多分VFRでの着陸だと思うけど、PAPIが白赤赤赤から赤赤赤赤での着陸。B767-300だけど、小型機みたいな、クロスウインドテクニックを使ってたと思う。最後は完全にアラインするけど、若干右足が早かったような気がするし。とっても楽しませて頂きました。
皆様、2003年、色々と有難う御座いました。
航空関係の皆様、どうもお疲れ様でした。来年もよろしくお願いいたします。
PS この本を購入したきっかけを書きます。実は、ある方から、ANAに伝説的ななCAさんがいらっしゃるとお聞きした。それで1ヶ月位前、ANAに搭乗した際、どんな伝説なのか尋ねたところ、この本を薦めて頂いた次第。皆様にもお勧めです。
2003年12月29日:コミケの航空関係サークルさん
その後、ある、元航空関係の方とお食事をご一緒させて頂きました。ちょっと今は書けないのですが、そのうち、書きますね。最高に楽しかったです。
2003年12月20日:JALりぞっちゃ!(書いているのは26日)
で、肝心のリゾッチャだけど、うん!、なかなか良かったです!。
企画した人、エライ!ですよ。
あのね、多分だけど、企画した人は、B747を『飛行機』じゃなくて、『シップ』にしたかったのだと思う。それも、エーゲ海を航海する豪華クルーザーのような。
リゾートを巡る楽しく明るくお洒落でちょっとリッチな時間を演出したいと。
いわく・・・
- ハイピスカス(?)とハチドリが描かれた機体。
- コバルトブルーのシート。
- パステル調のグリーンのふかふかっぽく見せようとした絨毯。
- 甘いものが多くてそれなりにボリュームを持たせた食事。
- アイス(往路)やどら焼き(復路)、フルーツ。
- 何度も来てくれる、ワイン、ビール、紅茶、コーヒー、ジュース。
- 到着地の見どころビデオや子供向けアニメ。
- 極めつけに、ビンゴ大会!。
こんなにも、ノー天気で、お馬鹿なフライトを毎日飛ばしてるキャリアって、JALだけに違いない!。いや、私は、断固、支持しますよ!。そういうことするキャリアを。
しかも機材が思いっきり古いB747に改修を加えたものという。
同じ路線のANAは、(自分が乗ったときは)最新のビジネス路線用機を投入して、静かなフライトで、座席も新しくて、シートバックTVが付いて。CAさんが『フレンドリー』で行き届いているし。こちらはこちらで、良いのだ。
寝ているうちにちょっと寒いかな?と思っていて、ふと、人の気配がするので、目を開けると、にっこりと、
『よろしければ、毛布をお使いになられますか?』
と声をかけてくれたり。
何枚か持って回っておられたようなので、機内をざっと見渡して
それっぽい雰囲気を感じて回っていたと推測。
身体が痛くて、目を覚まして、のびをしていると、
『寝苦しいでしょうか?何か飲み物をお持ちしますね?』
と、声をかけて頂く、なんて事がしばしばで。
独身男性の私にとって、素敵な女性に、こんなにも、優しくされる
と、もう、感動しちゃうのだ。しやわせ〜な、気分に(馬鹿ですねー。はい、ご批判は、謹んで承ります(笑))。
将来結婚しても、奥さんがこんな風に優しくしてくれる事ってあるのかなぁ…(笑)
こういう選択肢があるのは、利用者としては嬉しいものだね。
ただ、惜しむらくは・・・、JALのCAさん、半分くらいが、外国人の方なのだけど、やはり文化の違いとか、日本語が若干通じにくかったりがあったりして。あ、いや、もちろん、一生懸命働いてらっしゃるのは解るのです。そんなのは、些細なことで、すいません。小姑みたいで(爆)。よく働いてらっしゃったと思います。通常のフライトよりも、サービスメニューが多くて大忙しで大変だと思います。休憩する間もなくいて、すぐにトンボ帰りで。きっと、へろへろのめろめろになるに違いない。
とにかく、これからも頑張ってね!JALさん、ANAさん。
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2003年12月19日:ベッドが届いた。
ところで、日曜に発注したベッドが届いた。へっへー。今まで使っていたのが、ボロボロになったので、買い換えたのさ。ホームセンターで1万円。でも、今までのよりずっとヨサゲ。
でも、何故か(やはり?)シングルベッド。
これから、益々寒い夜になっていくなぁ(笑)。
2003年12月14日:信じられないような映像。
それと・・・、小泉さん、対米的にはかなり点数上げたね。これから、多くの国が復興に参加を表明するだろうけど、彼が拘束されず、不安定な状況でも一貫して派遣を言い続けた分、ポイントを上げただろうから。
ところで、ちょっと風邪気味です。みなさん、気をつけましょう。
2003年12月9日:ある3等空曹。
個人的には、現時点での派兵に反対だけど、もし、どうしても行かねばならないならば、なるべく誰も傷つかず、傷つけず、現地の人に喜んでもらって無事に帰ってきて欲しい(当たり前)。職務から言って、彼は人を傷つけるより、傷つけられる可能性のほうが圧倒的に高い職務なので、ちょっと心配。
『2階級特進なんて、嫌ですからね』というと。
『私だって嫌ですよ。でも、誰かが行かなきゃいけないなら』と、笑う彼。可愛い妹さんに
『お兄さんのこと心配じゃない?』と、聞くと、
『言っても聞きませんから』と、諦め顔。
大きな危険が伴う国際貢献に対して、こういう高い意識をもった人達がいることは、日本の宝だとおもう。行くことになるなら、どうか、無事に帰ってきて欲しい。
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ところで、この日、某ライブに行って来た(笑)。
そんなのに行ってる歳じゃねえだろ!という、至極まっとうな突っ込みはおいといて、取り合えず、楽しかったよ。うん。
たまには、良いよね?こんなに遊びほうける週末も。
2003年12月6日:かなり幸せ。
それで、終わった後、その店長さんのお店で食事とおしゃべり。
これが、とっても楽しかったのだ。
みんな、お互いが好きなのですよ。
ひとこと、ひとことに愛情がこもってるのです。
男性から、女性への言葉も、男性から男性への言葉も。
お互いの距離感が絶妙で、『わぁ、そういう風に思ってもらって嬉しいなー』『じゃぁ、口説かれてくれる?』『えー、口説かれてたの?』『駄目だよ、押しが足らない(笑)』『でも、本気で口説こうとしてないよね』『だけど、本気で大切に思ってくれてるのわかる。嬉しい』『この位でいるのが、どろどろ感なくて、幸せでいいよなー』なんて、会話をしてきました。
意味不明な日記でごめんなさい。おやすみなさい。
2003年12月6日:ちょっとへこんだ。
2003年11月30日:JALでのうたたね(書いているのは12月6日)
臨席が空席(ブロックして下さっていた?)で、つい、うつら、うつら(笑)。
気持ちよかったですよ。
空席の隣の男性は、熟睡状態。
到着前、シートポジションを戻す時も、その男性は、ぐっすり状態。
CAさんが、声をかけても、ピクピク、ってするけど、ぐー、って寝ている(笑)。
ついに、CAさんは、男性の手をトントン、と、叩いて、起こされた。
だが、彼、まだ状況をつかめない(笑)。CAさんは、
『お休みのところを申し訳ありませんが、まもなく到着ですので・・・』
と、言いながら、戻すボタンを押す。男性は、寝ぼけたまま、少し身体を浮かして、シートを戻すと、また熟睡(笑)。
自分も経験あるんだけど、CAさんにトントンと、叩かれて、ぴくっとして起きて、目の前にかがんだCAさんの顔があると、なんか、もう、すっごい恥ずかしいんですよ。その時、赤面してるのがよく解りました。
でも、ごめんなさい、そういう時って、あとで、ちょっぴり甘い感傷にひたったりして。(わー最低やろーだ)。あ、でも、今回は、アナウンスで起きましたから、大丈夫です。
意味のないお話だけど、JALの777って、シートのふとももの下の辺りが、他の機材のシートに比べてちょっと盛り上がってる気がするなぁ。不快感はないのだけど。
それから、コックピットアナウンス、日本語では、『操縦室から御挨拶を』なのに、英語では、何故か、『副操縦士から・・・』でした。
2003年11月29日:残念
でも、明日、短時間だけど、昔の友人と会う予定。楽しみ。
上のこととは、全く別に、先日、あったこと。
苦境にあった人がいて、見かねて脱出のための援護射撃をしてみた。
煙幕弾を後ろから撃ったのだけど、敵と間違えられて、
助けようとした人から猛反撃されてしまった(笑)。
ひと言…、ばか!(笑)。
もう、しらないからね。
2003年11月28日:浮気失敗でココア?。
でも、そのお陰で(?)、機内でココアをのめたのですよ。
あれ?ココアなんて、あったっけ?とおっしゃった貴方!
よくご存知です。
ちょっと前振りすると、JALにはスカイタイムというオリジナル飲み物がある。
ANAにはその手のものが無かったのだけど、今月から、月代わりドリンクが
はじまったらしい。
それで、11月はココアという訳。
美味しかったですよ。
12月は何だろうねぇ?。
ところで降りるとき、最後まで残って質問して見た。
「知人から、『ANAに乗ったら、いちど、XXXさんの事を聞いて見て下さい。
面白いお話が聞けるかもしれません』と、言われたのですが」。
と、言った所、
「あぁ、XXXさんですね(笑)!」とのお返事。
お時間をとって頂く訳にいかないので、手短に情報を入手する方法を
教えて頂きました。感謝。
2003年11月27日:DHLとブッシュ
23日には、同じバグダッド国際空港で、DHLのA300が離陸直後に
SA7を撃たれて翼に命中して、緊急着陸したばかりなのに…。
ちなみにDHLは、自分も何度か使った事がある国際宅急便やさん。
撃たれたパイロット、怖かったろうなぁ。
撃った側のビデオ映像や翼から火を噴く機体の映像がTVに映っていた。
反米勢力の人達から見れば、でかい飛行機ってだけで、それが軍用機か
民間機かまで解らないだろうしなぁ…。
日本も自衛隊を派遣するって言ってるけど…。
イラク人の自治へのプロセスがはっきりするまでに、派遣するのは、
個人的には反対。
とりあえず、撃たれたDHL機、無事で良かったね。
2003年11月18日(書いてるの23日):浮気します。ごめんなさい。
ということで、JALプラザに寄ってきました。
電話で予約していたのだけど、変更があって。
ANAのSFC電話予約も、要求の理解の早い方が多かったですが、こちらの
スタッフも、ナカナカ。
ちょっと複雑系の依頼だけど、すぐに理解してくれた。嬉し。
ちなみに、JAL-PLAZAでは、新しいCクラスシート=シェルフラットを展示中。
しかも、現役CAさんの説明つき。
丁寧な説明を有難う御座いました。
ANAのCクラス、使ったことあるけど、JALに比べると負けています。
ANAさんは、その分を、食事やCAさんの努力で必死にカバーしていますが。
ということで、JALさん、しばらく、よろしくです。
2003年11月16日(書いてるの23日):くま?&帰りはANAでした
対向車や後続車も見当たらず、さびしーく、きもちよーく走っていたとさ。
すると200mくらい前にあるトンネルの直前で、黒いものが道路を横切っている。
一瞬、すごく腰の曲がった小さな老人が杖をつきながら渡っていると、思った。
タイミング的には全然大丈夫だったけど、とりあえずブレーキを踏んだ。
道の両側が、がけになっていて、片側が山側、片側が谷になっていたのだけど、その黒い小さい老人(?)は、谷側から山側に渡り終わると、そのがけをするすると
登って、木々の中へ消えていった。
その頃になって、ようやく、黒い物体の正体(?)に気がついた。
え?!くま?!!!
ワタクシ、山岳部出身ということもあって、野生の猿、リス、狐、鹿は、見たことがある。
1度だけ、ムササビが飛ぶところも見たことがある。(広島大と同志社大のキャンバスでは野ウサギを見たなぁ)
しかし!、くま?は、初めて!!で、結構感動。
周辺は、植林されず、人の手が入っていない山々で、一番近い人家までも10kmはあるようなところだけど、心の中で里へは降りてくるなよー、大変だろうけど、頑張ってここで暮らせよ〜って思った。
でも、でも、私が見た奴がたまたまかもだけど、意外と小さかった。
腰の曲がった小さな小さなちょっと太った老人位の大きさ。ただ、足はすごく短い感じで。
.
往路はAirDoでしたが、帰りはANA。
8割くらいの搭乗率だったけど、臨席がブロックされていて、らっきー。
ANAさん有難う。疲れていたのか、1時間くらい、熟睡。
目が覚めて、まったり〜していたら、気がついたCAさんが飲み物持ってきて
下さった。感謝。
昔は、飛行機に乗った時って、なんとなく、高揚感というかワクワクドキドキ感が一杯だった。今も、そうではあるけれど、今日みたいに、自分の家みたいに、くつろぎ〜、まったり〜、というのも出来るようになって、これもまた、いい感じ。
PS 余談ですが・・・、とある有名なCAさんのお話を小耳に挟んだので、羽田到着後、近くのCAさんにお聞きしてみたところ『ベースが違うのでお名前位しか・・・』との事でした。不審に思われたか知らん・・・。怖がらせてたらごめんね。
2003年11月15日(書いてるの16日):痩せる温泉
が・・・、途中、山の中で雨が降ってくる、周囲には雪が積もっていて、霧が出てきた。うわ、まずい。こんなところで吹雪いて閉じ込められたら、命に関わる。
と、少し心配したけど、酷いことにならずに無事に下山。
でも、流石は北海道。湖の端は、青い氷が張っていた。
そして、今夜の宿は、帯広から1時間程度、山の中に入ったところにある
『オソウシ温泉』。
会社の元先輩から聞いていた、秘湯である。
最後には、対向車がきたら、一巻の終わりみたいな細い砂利道を7km走って
たどり着いた山の中の1軒屋。
山姥が出てきそうなところ。
ほんとうに、ひなびた情緒ある温泉だ
(ぼろいとも言うが、趣がある。個人的にはOK)。
それで、この温泉、入るだけで痩せるという。
太っていない自分には余り関係ないが、そういう事だった。
入る前に、先輩に言われたように、温泉の成分表をチェック。
・・・『水素イオン濃度PH+10.4』・・・
せ、先輩!、これ、痩せるって言いません。身体が溶けるって言います!!
すげー、日本でも最高クラスらしい。
そ、そりゃあそうだろう。
入った途端に、身体がぬるぬるし始める。
髭剃り後のあごや、ちょっとした怪我をしているところが、ひりひりしてくる。
ついには痛くなってきているような・・・。
やばいっす。しかし、効きそうっす。劇薬かもだけど。
ちなみに、こちら、露天風呂は混浴。
なかなか良いです。ただし、ぬるいので、風邪引きそうだけど。
女性はおろか、男性もおらず、私ひとりでしたが(笑)。
ちなみに、ワタクシ、混浴体験(?)は、これまでに、2回ほど
あります。
いや、別に、どうという事はないんです。
お姿を見たい様な女性は、バスタオルぐるぐる巻きになさっているから、
水着より見えないんです。
それに、前に行ったところは、とんでもない山の中で、
本当に、そういうえっちな感覚が全く起こらないような、
まるで、サルと一緒に入ってる感じなだけで。
でも、なんか、そういう特殊な趣はよかったです。
2003年11月12日(書いてるの16日):初めてのAirDo
そして、初めてのAIR-DO!
低コストを売りにして、既存市場に挑戦した航空会社なので、
エンジンが1発足りないとか、飛行中、ずっと広告をOnAir
しているか、そういうフライトを楽しみにしていたわけですが
(ないない!)、とってもまっとうなでした(当たり前?)。
しいて言うと、頭の部分のシートカバーにカルビーの広告が入っているとか、
非常口の前にもシートがある(通れるようにはなっている)とかは、
あったけど。
ボーディングブリッジに着けていたし(沖止めでバスで移動かと思っていた)、
飲み物サービスもあったし(11月から始めたらしい)。
機長のアナウンスも日本語で、ちゃんとしたのだったよ。
CAさんも、ちょっと派手目で自分のタイプからは少し外れるけど
(そういう事を求めちゃいけないって!)。
あのくらいなら、JALやANAにもいてるし。丁寧な対応で、満足。
ひょっとすると、シートはANAやJALよりも良かったかも。
そして、機内誌!。道内の温泉の紹介がなかなか良いのです。
更に!何より素晴らしいのが、航空路マップなのだ。
飛行コース上の主な見所がイラストで紹介してある!。
その上、滑走路の進入経路(羽田だと、Runway04,22,16,34)がしっかり
記載されている。素晴らしい!!
自分の知る限り、世界で最も充実した機内誌記載の航路図です。
これからも、是非、オリジナリティを出して頑張って欲しいもんです。
追記:ADOのCAさんは、着陸後、シートベルトサインが消灯するまで、
完全に着席したままでした。
これは、JALやANAとの安全面に関する解釈の差で、面白く感じました。
2003年11月9日:今日は選挙だった
どこの政党だろうと、誰だろうと良いから、みなさんも行きましょう!
そんなこんなで、今、開票速報を見ていますが、土井さんや山崎さんが落ちたみたいですねー。
これから先の4年って、日本の未来にとって、相当重要な4年になりそうなので、注目しています。イラクへの自衛隊派遣、憲法改正、などなど。政治家の皆さん、良い世の中にして下さいよ?
2003年11月8日:ちょっといい事
『いってらっしゃーい』
って、言ってくれました。可愛いエプロン姿で、手を振ってくれて。
はい、皆様、御想像の通りです。嬉しかったですよー。
男って馬鹿で哀れだよなー。と、自分に突っ込みを入れつつも、
やっぱりちょっぴり(かなり?)しやわせだったのでした。
2003年11月01日:ちょっとイカしたセリフ
その中に、ちょっとイカしたセリフが幾つか。
『優しい男は続かない。おまけに心も残らない
冷たい男は―――、それは、多少は残るけど、恨みつらみの分だけ』
思わず、あははーですよ。男も女も救われないねー。
『まともに掛け合って通らぬものが、策を弄して通るはずはない。交渉とはそういうものだ』
おおおぉぉ〜。人間、そういう感じでお仕事進めたいもんです。
最後に・・・。阿波丸という船があった事を、初めて知りました。
第二次大戦中に国際赤十字から、安全を保障されていながら、民間人2000人以上を乗せたまま、潜水艦によって沈められたという。
これから、WEBで少し調べてみます。
2003年10月26日:ちょっと高価なプレゼント?
2003年10月25日:Air Force 1
ところで、コンコルドがついに引退。残念・・・。
あの美しさと性能は自分のあこがれだったのに。
結局、一度も乗ることも無く・・・・か。
まぁ、あれで、大西洋往復するお金があったら、セスナの免許取れるしねー。
お疲れ様でした。
2003年10月18日:秋!
そんな、ワタクシ、ひょんな事から、秋の夜長に、ちょびっとだけ古代極東情勢を復習。つまらないので、以下、スル〜していって下さい。メモです。カキコさせて頂いたサイトさま、マルチポストぽくて御免なさい。
きっかけは、九州の方にメールする機会があって『そうか!大津皇子って福岡生まれだったよね』と思い出し、その背景をおさらいしたからなのでした。井上光貞他"詳説日本史"山川出版,Mar.1983によると。
057年、倭の奴の国王に、光武帝が金印を与える。
107年、倭の国王師升が後漢に生口を謙譲。
239年、卑弥呼が魏に遣使、親魏倭王と承認を受ける。
369年、朝鮮半島南部を勢力下におく。
391年、倭軍、百済、新羅を破る。
413年、倭王讃、東晋に遣使。
421年、倭王、宋に遣使、以後宋に57年間に10回派遣。
438年、倭王珍、宋に遣使、安東将軍となる。
478年、倭王武、宋に遣使、安東大将軍となる。
(使持節都督 倭 百済 新羅 任那 加羅 秦韓 慕韓 七国諸軍事安東大将軍を名乗る)
512年、大伴金村、加羅の4県を百済に割譲。
562年、加羅が百済に滅ぼされる。
607年、小野妹子を遣隋使として派遣。
608年、隋使裴世清が来日。
663年、白村江の戦い。百済救援のため、中大兄が、長津宮(福岡市)で指揮し、阿倍比羅夫ら27,000を派遣するが唐と新羅の水軍に大敗。大津の皇子生まれる。
うぅ。
激動の古代極東地域で、国家成立と、大陸の列強国からの独立・承認を求め、更には国家権益の拡大・確立を目指した歴史を改めて認識。きっとこの陰には内外に膨大な犠牲者が伴ったであろう事も。
現在の極東状況を鑑みるに、人間って余り進歩していないような・・・。極東アジアの政争・戦争で亡くなった皆様〜、お馬鹿な子孫達を何とかしてやって下さい。『おめえら、自分達で何とかしろ』って言われそうですが・・・。6カ国会議が上手くいくことを祈りつつ。
PS 『勢力下』という表現を使用した強い意図はありません。また、七国大将軍に関して、関裕二"古代史の秘密を握る人たち"pp113-114,PHP文庫,ISBN4-569-57566-8, Jun.2001には六国大将軍(七国ではない)と認められたとの記載があり、上田正昭"大和朝廷"pp164-165,講談社学術文庫,ISBN4-06-159191-6, Aug.1995には、秦韓 慕韓は既に存在しない国家勢力であったことが示されていました。
全然関係ないけど、米国特許が成立したらしい。会社のものになっちゃっているので殆どお金は入ってこないけど、やっぱり嬉しいのでした。
2003年10月11日:えっちなビデオ(?)
で、そんな私の、お友達(?)の女の子がビデオに出た。
とっても可愛いのです。
本業は別にあるのだけど、アルバイトさんでモデルさんとかされている。
雑誌なんかにもたまに出ている。
で、その彼女、ビデオに出たということで、レンタルショップで借りてきたのだ。
18禁じゃないけど、お色気(?)ものです。
大昔に連載されていたらしい漫画の実写版です。
主人公の女優さんのスカートがめくれて、下着が見えたり、胸やお尻が見えたりします。ええと・・・、主人公の女優さん、可愛くて綺麗でした。
多分、その漫画や主演女優さんのファンの人たちは喜んでいた事でしょう。
ちなみに、原作の漫画家さんは、とっても気さくでフレンドリーなおじさんです。今なら、どうという事はない内容でしょうが、当事はたいへんだったんだろうなぁと思ったり。
彼女の公開日記によると、主演女優さんは、ファンの皆が喜んでくれるなら、
『この程度ならへっちゃらよ!!』ってことだったらしい。
見上げた根性です。
ちなみに、私のお友達(?)さんは、そういうシーンは、なしでした。
ほっとしました(え?残念がっていないかって??)。
2003年10月04日:川上慶子さんのこと
いいよね?、こんなサイト、ほとんど、誰も見てないんだから。
ええと。
女性週刊誌にある記事が載っていました。
あの川上慶子さんが昨年3月にご結婚されていたそうです。
旦那さまは、5歳年下のサラリーマンさん。
看護婦さんのお仕事は一旦退職されたそうで。
実は、前に、ネットのあるカキコで、亡くなられたという、カキコがあって、本当
なんだろうか?、本当なら、何て悲しいことなんだろう。と、思ってました。
彼女には他の520人分、幸せになって頂きたいと思っていたので、それを読んだ時、物凄く悲しかったのだ。
実は、自分は、あの事故があった時、原因不明の高熱で、生死の境を病院のベッドで彷徨っていたのです。
そして、意識朦朧とする中で、TVニュースを見ていて涙していました。
そして、あの救助のシーンにも。
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ちなみに、旦那様との出会いは、米国とのこと。
きっと、飛行機に乗られたのでしょうね。
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どうかお幸せに
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